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今日の天気もはれ!

考えてること、興味のあることを書いてます。

人が一瞬で変わる体験をした

今日は父の日なので、父との関係性が変わった話をします。
かなりの長文と個人的な内容ですので、苦手な方はご注意を。




私は父と物凄く仲が悪いわけではありませんでしたが、何となくよそよそしい感じもあり、
微妙な距離感でした。
父は毒親ではない、でも何となく違和感がある。
そんな感じでした。

ある日、父が母に私の仕事のことを尋ねてきたようで、
母が私にその事を伝えてきました。
今までなら適当に答えたり、母から伝えてもらうという事をしていました。
(いつからか覚えてませんが、私は両親に本音を言わないようになっていたけど、
2年前に自分の気持ちと向き合うようになってから母とは本音を話せるようになったんです。)

でもその時は違いました。
"寂しかった"という気持ちが溢れてきました。
私が父によそよそしかったのは寂しさがあったからでした。
本音を話しても受け入れてもらえないというすねがあったように思います。

寂しかったという感情がひとしきり落ち着いたら
私は本音を言わずに我慢していた。
きちんと言えばよかったのにねという気持ちになり、
それなら伝えるのは今だ、と素直にそう思えました。
父と向き合ってみようと。

父がどう感じるかじゃなくて自分の思ったことを伝えよう。
父が怒ってもいいじゃん。私がきちんと伝えられるかだ。
…そういえば、父にきちんと感謝を伝えたことないよね。
いい機会だから父への感謝の気持ちも伝えよう。


次の日の夜、夕飯を食べた後に父に話しかけました。

・仕事を変えることになったことの報告
・父が頑張って働いてきてくれたから今私はゆっくりと生きていられる
・父の経験則からのアドバイスは有り難いけど、ただ聞いてほしい時もあるからその時は聞いてね

父は、話始めたの頃はスマホを見ながら聞いてたけど、最後はきちんと顔を見て話を聞いてくれました。
そして伝え終わった瞬間、父は変わりました。


あんなに自分の話ばかりしようとしていたりちょっとしていたことで怒っていた父が、
とても穏やかになったのです。
恐らくこれが父の本当の姿だったのでしょうが、コミュニケーションの取り方が上手くなくて
必死に自分のことを伝えようとしたり、否定されたと感じて悲しかったというのが強かったのでしょうね。
父は必死に伝えようとする→私たちは嫌がる→父は尚更必死になる→私たちが冷たい態度となり苛々をぶつける→父は怒る
これじゃあ関係性がよくなるはずがないですね。

もし、私が自分のことだけを伝えていたり、父を喜ばすためだけに伝える内容を選んでいたら
今もまだギクシャクしていたと思います。
特に父を喜ばすためだけに終始していた場合は後々また辛く当たっていたでしょう。
その場しのぎどころか関係悪化ですね。

今までは父と話すことに身構えていましたが、今では何でも話せるようになりました。
すぐ怒る父が嫌で、変えようとあれこれ画策していたのは何だったんだ、と思います。
でも人を変えるのではなく自分が変わることという意味を実感するためだったのかも。


この通りやれば人が変わるというわけではないと思います。
人を変えるための手段ではないのと、相手を変えようと思えば思うほど自分にその思いが返ってくるように感じます。
誰だって相手に変われと言われたら嫌ですし、自分の意のままにというのは傲りです。
(相手を不快にしない配慮はまた別の話だと思います)

まずは自分の素直な感情を感じきってからという前提で、その上で本音を伝えてみること。
これは今までやってこなかった人は辿り着くまでに時間がかかると思います。
私も2年前に出会った友人が自分の気持ちと向き合うことを助けてくれ、2年で漸くここまできました。

自分への許容が生まれると周りの人にもとても優しくなります。
随分遠回りしたけど、今父と向き合えるようになって本当によかったと思っています。

父と話をしてから1ヶ月経ちましたが、今でも父は穏やかですし
私もわざわざ父につっかかる必要もなくなったので色んな話を出来るようになりました。
父の日のプレゼントは一緒に選びに行っていたので今日は手紙のみ渡しましたが、
いつもなら「ありがとう」の一言のみで終わっていたのが
「はれも頑張ってね」という一言がありました。
この一言って大きな差ですよね。


家族に何でも話せるというのは強力な安心感です。
今までよりストレスが溜まらなくなったように感じます。
「疲れたよ~」「お疲れ様」って会話があるだけでも楽ですね。
私は今まで大分のんびり過ごしてきたので
これからはピッチを上げて自分のやりたい事に進めるようにしていきたいし、
両親にもっと安心してもらえるよう頑張りたいです。